- 2026年9月14日
- 2026年9月15日
主治医から見捨てられたと思ったら— 安心して通うための心の境界線

突然ですが、私は喫茶店で過ごす時間がとても好きです。
以前は学校や仕事が終わると、家に帰る前にふらりと馴染みの喫茶店に立ち寄り、一息ついてから帰宅する生活を送っていました。 そこは、私にとってどこよりも安心できる居場所でした。
なぜなら、そこに行けばいつもと同じ珈琲があり、いつもと同じ態度で接してくれるマスターがいたからです。
気分が良い日も、落ち込んでいる日も、マスターは特別にプライベートへ踏み込んでくることもなければ、冷たく突き離すこともありません。ただ変わらない距離感と静かな佇まいで、いつもの一杯を淹れてくれる。その「変わらなさ」こそが、心をふっと軽くしてくれる安全基地でした。
私は、この「喫茶店のマスターのような存在であり続けること」を何より大切にしています。
「見捨てる」「見捨てない」の関係ではないということ
心の病や生きづらさを抱えているとき、私たちの心は感情の波に大きく揺さぶられます。時には「誰かに強く依存したい」「先生に見捨てられたらどうしよう」という強い不安に包まれることもあるかもしれません。
しかし、精神科医療や心理カウンセリングにおいて、治療者と患者さんの関係は本質的に「見捨てる/見捨てない」という関係性にはなり得ません。
「見捨てる・見捨てない」という感覚は、本来は幼少期の親と子や、過度に依存し合う人間関係の中で生じるものです。医療者と患者さんの関係は、医学的な専門性に基づいた「治療・支援のためのプロフェッショナルな関係」です。
私たちが患者さんに対して行う対応——たとえば、診察時間を守ること、できることとできないことの限界を事前にお伝えすること、診療時間外の個人的な連絡をお受けしないことなどは、決して冷たさや「拒絶」ではありません。お互いが安全な場所で治療を続けるための、不可欠なルール(枠組み)なのです。
相手の境界線に踏み込まないことが「安全」を作る
もし医療者がその場の感情に巻き込まれ、日によって態度を変えたり、患者さんのプライベートや感情に踏み込みすぎたり、過剰な特別扱いをしてしまったらどうなるでしょうか。
一見すると「親身で優しい」ように思えるかもしれませんが、それは医療者が守るべき境界線(バウンダリー)を壊してしまう行為です。治療関係を不安定にし、結果として「少しでも希望に添えなかったときに、見捨てられたような強い苦しみを与える」ことにつながってしまいます。
- 医療者の役割:治療という目的の範囲内で、一定の適切な距離感を保ちながら、一貫した態度でサポートし続けること。
- 踏み込まない優しさ:境界線を守るからこそ、感情の波に巻き込まれず、客観的で安全な支援を継続できます。
最初から健全な境界線を保ち続けることこそが、患者さんにとって最も安全な足場となります。
いつでも変わらない場所として
喫茶店のマスターが、どんな日も同じ温度で珈琲を淹れてくれるように。
当院の診察室も、あなたがどんな状態のときであっても、「いつもと同じ態度と距離感で、変わらずにあなたを迎える場所」でありたいと考えています。
過度に期待をかけることもなければ、決して見放すこともない。決まった枠組みの中で、一定のプロフェッショナルな距離を保ち続けるからこそ、診察室はあなたにとって「ありのままの自分に戻れる安全な居場所」であり続けることができます。
もし通院の中で「冷たくされたと感じた」「拒絶されたように思えて辛い」といったお気持ちが浮かんだときは、それ自体も大切な治療のテーマとなります。どうぞ遠慮なく診察の中でお聴かせください。私たちがどのような枠組みで、どのようにあなたをサポートしていくのかを、一緒に確認しながら歩んでいきましょう。